「カードオタク」の回顧録、あるいは持つものと持たざるものについて

持つものと持たざるもの

人間は二種類にわけられる。金持ちと貧乏人、モテと非モテ勝者と敗者、持つものと持たざるものだ。

多くの人間にとって個人の趣味以上のものではないもの、例えばゲームやカードゲームの世界においてもそれが勝負事である以上は「勝者と敗者」、あるいは「持つものと持たざるもの」に別れることになる。

今となっては随分と昔の話になってしまうが、中学2年生の冬まで僕はとあるカードゲームをやっていた。元々は学校の友人に半ば強引に誘われ、ゲームを始めるために必要なデッキというカードセットを丸々貰って始めた暇つぶしに過ぎなかったが、単純なルールの割に意外と長く遊べるそのゲーム性に魅入られてすっかりそのゲームに嵌まってしまっていたのだ。

中学で部活に入ってはいたものの、幽霊部員だった僕は、週末が来るたびに徒歩と電車で30分ほどかけて近場のカードショップに足を運ぶようになった。しかし、はじめの方こそ友人と一緒に行っていたものの、そのうちに同行者が一人、また一人と減っていってしまった。彼らはそれぞれ他の娯楽を見つけてカードゲームに飽きたのだ。だがそれでも僕はカードショップ通いをやめなかった。今にして思えば、学校の外でゲームに傾倒することで教室では決して本流にはなれない自分自身を肯定していたのかもしれない。 

それにカードゲームのプレイを重ねて強くなっていくことは、僕にとって気分の良いことだった。あらゆるカードゲームの勝敗の決定要因は多分に運の要素を含むものではあるが、結局は勝利するための法則を知っているかどうかという問題でもある。勝敗を左右する局面においてどう対処すれば良くて、そのために必要なカードはなにで、デッキにはそれを何枚入れていればいいということが分かれば分かるほど勝率をあげることができる。

やがて僕はそのカードショップで開かれていた大会にでることにした。初対面の人間と挨拶もそこそこにゲームをすることは僕にとって緊張を伴うことではあったが、誰とどこでやろうがそこでやることに変わりが生じるわけではない教室で解く定期テストの数式と模試の会場で解くそれとでやることが変わらないのと同じように、僕がしたことは盤面に応じて知っている法則を当てはめていくことだけだった。 

結果として僕は初めて参加したその大会で優勝した。その時に渡された優勝賞品のプレミアムカードはおそらく今も実家のどこかにあるはずだ。当時の僕にとって狭いカードショップの小さな大会で優勝することができたことは、親に無理矢理通わされていた水泳や極真空手で昇級した時よりも、定期テストの校内順位が上がった時よりも、遥かに大きく、そして価値のある体験であるように感じられたのだ。

これに味をしめた僕は、そのカードショップよりも自宅から少し遠いデパートの大会にも参加するようになった。某少年誌に掲載されていた大会情報を隈なくチェックし、予定が合う限り参加した。 

それからの勝率は勝ったり負けたりしていて五分五分といったところだ参加している回数が多いので優勝賞品のプレミアムカードの枚数は少しずつ増えていったが、見た目から推測した年齢から自分よりも遥かに格下だと思った少年に引きの運で負けた時はそれなりに堪えるものがあった。

そうした悔しさから僕は、「これからはパソコンぐらい使えないとしょうがないから」と祖父に買って貰って以来、殆ど使わずに埃を被っていた富士通製のデスクトップパソコンを立ち上げてインターネットに接続し、電子の海に必勝法を求めるようになった。

Aという男

そんな日々が中一の夏まで続いたある日、僕はとあるサイトを見つけた。そのサイトは僕がやっていたカードゲームのデッキレシピを掲載しており、運営者のA(仮名)という男は「日本一の実力者」を自称していた。最初は詐称を疑ったが、そのサイトのリンクからとべるブログに書かれていたいくつかの対戦レポートを見た僕は、ここが本物のトップランカーによって運営されているサイトであることを確信した。

また、ブログには日常生活の事も書かれており、その情報から今度Aが参加しようとしている小さな大会が開かれるカードショップの所在地が自宅からそれほど遠くない場所であると知った僕は、勇気を出してサイトのプロフィールに書かれていたメールアドレスあてに連絡を入れた。『はじめまして! いつも楽しく拝見させていただいているものです! 今度僕も同じ大会に参加する予定なのでよかったらお手合わせお願いします!』

 

大会当日、人混みの中から僕はすぐにAを見つけることができた。予め返信メールで知らされていたAの服装が真夏であるにもかかわらず黒の長袖シャツという特徴的なものでその場で目立っていたからということもあるが、何よりもテーブルでゲームをプレイ中のAの周りにはたくさんの人が集まっていたからだ。ゲームがひと段落ついた頃、僕は隙をみてAに話かけた。

「あ、ど、どうも……メールでご挨拶したものです」

恐々と話かける僕をみたAは一瞬訝るような顔をしたが、すぐに思いだしたのか短く「ああ」と呟き、

大会が始まるまでは『身内』とゲームしたいからまた後でね」

と言った。だが結局、僕はその日、大会が終わった後もAとゲームをすることはできなかった。彼の周りには常に人がおり、新参者の僕が近寄れる状況にはならなかったのだ。ちなみに大会はAの優勝に終わった。

それからも僕はAとゲームをすることを諦めなかった。このゲームで強くなりたいのなら既に強い者とゲームをすることが最も有効な方法だと思ったからだ。大会が開催されるたびにAの行きつけのカードショップを訪れ、四度目か五度目でようやく僕はAとゲームをすることができた。

 

「筋は悪くないと思うんだけどね」

僕とのゲームを終えてそう苦笑するAの実力に僕は正直驚いていた。それまでこのゲームの腕にそこそこの自信を持っていた僕が、Aを相手にすると殆ど勝つことができなかったのだ。その結果は僕に「引きの運」などという言い訳に逃げることを許さず、歴然とした実力の差を見せつけるものだった。 

Aはカードゲームの才能を「持つ者」なのだと僕は思った。水泳教室に、道場に、塾に、学校に、それぞれの才能を持っている子供達が居たように、Aはカードゲームの才能を持っていて、僕にはそれが無いのだ……。

 

ゲーム後、Aと雑談をして彼の人となりを知ることができた。彼は当時中学生の僕よりも2つか3つ歳上の高校生で、本人曰く学校にはあまり行っていないらしかった。これはあとで彼の友人からきいたことだが、Aの不登校少なからず同級生からの「いじめ」が原因になっていたと記憶している。彼はその「いじめ」のせいで長らく自宅に引きこもる日々をおくっていたらしいが、もともとは気さくな性格だったということもあって自分が活躍できるカードゲームのコミュニティでは厚い人望を得ているように僕にはみえた。

やがて僕はAを通じて彼が所属するコミュニティに入れて貰えることになり、一緒にゲームをする強い仲間を得たことで、カードゲームへかける熱量がますます大きくなっていった。冬休みや夏休みには全国各地の地方都市で行われる公式戦に出来るだけ多く参加するために、東京から大阪まで向かおうとして青春18切符という割安の乗車券を手に入れたこともあるが、結局、この計画は親にばれて頓挫してしまった。

そんな日々を送る中、受験生の学年に上がる前のクリスマス直前に行われた大会で僕にとって大きな転機となる出来事が起こった。

 勝負の深層、勝利の真相

「それってどういうことですか?」

老若男女、子供づれの夫婦から余生を謳歌する老人まで幅広い層の顧客を獲得することに成功している某ファミリーレストランの一角で僕はゲーム仲間の一人に詰め寄っていた。

事の発端は、その時点から少し前に遡る。

その日、関東で行われた大きな大会に出場した僕とその仲間は「打ち上げ」と称してそのファミレスで夕食を共にしていた。その日は、顔の広いAや、その周辺の人物の友人が全国各地から集まっており、結構な団体客となったため、必ずしも皆が仲の良い友人知人と同席できたわけではなかった。

「この打ち上げは同時にAの祝勝会を兼ねてるからね、今日は無礼講で行きましょう!」

余所余所しい空気を和ませようとしたのか仲間内の誰かが戯けた調子でそう言った。

今回の大会でもAが優勝したのだ。

僕自身はと言うと、予選を危なげなく通過したは良いものの、本戦であっけなく負けてしまった。悔しかったが、何となく清々しい気持ちになると同時に「大会に出るのも今回が最後かもしれないな」と思っていた。

そんな風に少しばかりの寂寥感を覚えながら集団の後ろの方からそそくさと店に入っていた僕は、グループがとっている卓で空いている席をみつけて、その隣に座っている男の顔を伺った。だが、そこにいる男に見覚えはなかった。ドラッグストアで買える脱色剤で手荒く脱色を施したのであろう長髪で赤と銀の光沢が眩しい「スカジャン」を羽織っているその男は、明らかにその場の雰囲気から浮いていた。その不良じみた外見がなんとなく気になり、僕は他にあいている席はないのだろうかとざっと辺りを窺ったが、どうやらもうここの席しかあいていないようだと悟り、恐らくは歳上であろうその金髪の男、B(仮名)の隣に恐る恐る座ることにした。

 

そのファミリーレストランの席には一卓につき最大で6人まで座ることができた。僕と同じ卓についているB以外の四人は知らない顔ではなかったものの、一緒に雑談に興じるような間柄ではなかった。さらに悪いことに、僕とBを除く四人は前々からのグループであるらしく、僕たち二人に一切構うことなく、会話を楽しんでいた。

僕は四人の楽しそうな声を聞きながら徐々にこの集まりに参加したことを後悔してきていた。これは今も変わらないことだが、当時から僕は他人と仲良くするまでに時間がかかるのだ。

疎外感を感じた僕がBの様子を伺うと、彼も同じ気持ちになっているのか、恐らく大した用事もないだろうに携帯端末を弄って無聊を慰めていた。

それをみて、見た目よりもずっと人見知りな性格であるらしいBに仲間意識を感じた僕は、彼に話しかけてみることにした。

「それにしてもAさんは凄かったですよね、あの決勝の引き。やっぱり持ってる人は違いますよ」

Aは決勝で抜群の引きの強さを発揮し、劣勢であった盤面を一気にひっくり返していた。僕がこの話題を選んだのは雰囲気はまったく自分とは異なるが、カードゲームという共通の趣味を持つBと会話をする上で当たり障りのないものだと思ったからだ。

「はあ?」

だがBの反応は僕の予想だにしないものだった。彼は僕を嘲るように顎を軽くあげ、薄く笑った。

「お前、本当にあいつがああ何度も何度もそう都合よく必要なカードを引いて一発逆転してきたと思うのか?」

その口振りに不穏なものを感じた僕は思わず身を乗り出して、強い口調で詰め寄るようにBに食ってかかってしまったのだ。身を乗り出した時に上げた膝が机の裏に当たって痛かったけれど、そんなことはどうでも良かった。

Bは気を悪くしたのか眉をひそめたが、僕の表情をみて、嗜虐的に笑い、他にはあまり聞こえないように声を落とすと「あいつの引きが強いっていうのは全部イカサマなんだよ。服の袖、ズボンの裾、ジャンパーの裏、ありとあらゆるところに盤面を動かすキーとなるカードを仕込んでいる。あいつはうまいから一度もバレたことはないが、俺は一度直接あいつからきいたことがある。これはマジの話だ」と言った。

「いや……でも公式戦ではスタッフも巡回してるし、そんなことが……」

「できる。俺もやったことあるしな。スタッフの連中の眼は節穴だからバレる方が難しいんじゃないか?」

冷たい汗が背中を伝っていくのを感じた。どこかの卓で、誰かが飲み物を零した音がする。Aかもしれない。

「でも……」

頭の中にある記憶を辿り、なんとかBの証言を否定する何かを探そうとするもそれ以上の言葉を紡ぐことができない。

それどころか逆にあの時も、あの時も、もしかしたらそうだったのかもしれないという思いが心中に去来した。

そんな僕の様子がおかしかったのかBはついに大声で笑いだした。その笑い声で他の四人も流石に僕達の様子がおかしいことに気づき、驚いた顔をしていた。

「何ムキになってんの? こんなゲーム、ただのお遊びだろ? 」

ただのお遊び。その通りだ。同い年の連中は今頃、部活に、勉強に、友情に、恋愛に、汗を流して、頭を悩ませている。土日に大会会場に派遣されている某玩具メーカーやイベント運営会社の社員やアルバイトだってそれほど真剣にイカサマを取り締まっているわけではないだろう。貴重な青春の1ページをこんなことに使う奴らだ。騙すのも騙されるのも仕方がない。間違っていたのは最初から全部僕の方だったのだ。

 持つものと持っているもの

その日以来、僕はカードゲームの大会には行かなくなった。何度かAの友人から連絡があったが「受験勉強が忙しいから」といって断っているうちにやがて遊びに誘われることもなくなった

勿論、Aの活躍に嫉妬したBが嘘をついていた可能性は十分にある。実際のところ、Aは全て実力で勝ち抜いていたのかもしれない。けれど、僕自身、Aの挙動を振り返ってBの証言を完全に否定することはできなかったのだ。結局、僕自身がAの挙動に疑いを持っていたのだろう。真実がどうあれ、僕にとってはそれが全てだ。

人間は二種類にわけられる。金持ちと貧乏人、モテと非モテ勝者と敗者、持つものと持たざるものだ。

だが「持つもの」がその手に「持っているもの」は本物なのだろうか。 

自分が持っているものを実際以上に誇張し、「持たざるもの」を支配し、籠絡し、搾取し、不当に尊敬を集めようとしているのではないか。まるで何かに復讐するように。

カードゲームをすっかりやめて長い年月を経た今に至るまで僕はいくつかの分野で多くの「持つもの」を見てきたが、この一件以来、なにかにつけて自分の力を大きく見せようとしてくる者と相対した時、僕はその人物の服の袖、ズボンの裾、ジャンパーの裏、ありとあらゆるところに盤面を動かす『カード』が仕込まれていないかどうか、疑わずにはいられなくなったのだ。*1

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画像はAが愛好していた「ToHeart2」シリーズに登場する向坂環

*1:この記事は当時の友人知人に特定されたくないために若干の脚色を含んでいます。